人工知能(AI)と機械学習(ML)の発展に伴い、効率的で安全、かつ多様なシステム間で互換性のあるモデルの保存・配布方法が不可欠となっています。モデルがますます複雑化し、様々な環境で利用されるようになるにつれて、シリアライズ形式の選択は重要な決定事項となりました。この選択は、パフォーマンス、リソース使用量、そしてAIシステムのセキュリティに直接影響を与えます。
本レポートでは、Safetensors、CKPT、ONNX、GGUFといった主要なモデルシリアライズ形式を検証し、それぞれの独自機能、主な用途、そして相互比較について解説します。
1. AI/MLにおけるモデルシリアライズ入門
モデルシリアライズとは、学習済みの機械学習モデルをファイルに保存するプロセスです。このファイルは、予測、追加学習、分析といった将来の利用のために、保存、共有、再読み込みが可能です。この機能は、研究開発から大規模なデプロイに至るまで、AI/MLライフサイクル全体において不可欠です。
AI/MLライフサイクルにおけるモデルフォーマットの重要な役割
モデルを標準的なフォーマットで保存することは、いくつかの理由から極めて重要です。
- 再現性: 研究実験を正確に再現し、検証することを可能にします。
- 共同作業: 標準フォーマットはチーム間でのモデル共有を容易にし、協力してより大きなシステムにモデルを統合することを可能にします。
- デプロイ: シリアライズにより、学習済みモデルはポータブルなファイルとなり、クラウドサーバーからエッジデバイスまで、様々な環境で読み込んで実行できます。
- 転移学習: 事前学習済みモデルを新しいタスクの基盤として利用でき、学習時間とデータ量を大幅に節約できます。
最新フォーマットが解決する課題の概要
機械学習の進化に伴い、最新のシリアライズ形式はいくつかの主要な課題を解決するために発展してきました。
- セキュリティ: 特にPythonのpickleモジュールを使用した従来の方法におけるセキュリティリスクが大きな懸念となっています。これらの方法は、モデルの読み込み時に悪意のあるコードを実行させる可能性があり、信頼できないソースからのモデルを使用した場合、深刻なセキュリティ上の脅威となります。
- パフォーマンス: 今日の大規模で複雑なモデルには、非常に高速な読み込みと効率的なメモリ管理が求められます。これは、携帯電話のようなリソースが限られたデバイスや、即時応答が必要なアプリケーションで特に重要です。
- 移植性と相互運用性: 機械学習の世界では、PyTorch、TensorFlow、JAXなど多くの異なるフレームワークが使用されています。これらのフレームワーク間でモデルを容易に移動させ、異なるハードウェア(GPU、TPU)上で大きな手直しなしに実行できるフォーマットが必要です。
近年、AIコミュニティはGGUFやSafetensorsのような、より効率的で安全なフォーマットへと移行しており、これはこれらの問題に対処するための共同の取り組みを反映しています。
PyTorchが.pt
や.pth
ファイルにPythonのpickleモジュールを使用するなど、MLモデルを保存する初期の方法は、その使いやすさから選ばれました。モデルの構造と学習状態(オプティマイザなど)の両方を含む複雑なPythonオブジェクトを簡単に保存できたのです。これはPython環境での研究には便利でしたが、重大なセキュリティ上の欠陥を生み出しました。pickleモジュールは、読み込みプロセス中にファイル内に埋め込まれた任意のコードを実行できるように設計されています。つまり、信頼できないソースから一見無害なモデルを読み込むだけで、システム全体が危険にさらされる可能性があるのです。
Safetensorsのようなフォーマットの作成や、ONNXとGGUFの利用拡大は、このセキュリティリスク、そしてパフォーマンスと移植性の向上というニーズへの直接的な対応です。例えばSafetensorsは、悪意のあるコードの実行を防ぐために特別に構築されました。これは、機械学習分野が成熟し、AIが研究から実世界での応用へと移行するにつれて、セキュリティと効率性がもはや後付けではなく、新しいフォーマットを設計する上での中心的な原則になっていることを示しています。この変化は、研究中心の柔軟性から、本番環境レベルのセキュリティと堅牢性への必要な移行を意味し、より寛容だった古い手法の「技術的負債」を返済するものです。
PyTorchの.pt
/.pth
やTensorFlow/Kerasの.ckpt
/.h5
といったフレームワーク固有のフォーマットは、それぞれの特定のフレームワークと密接に統合されています。これにより、単一のエコシステム内では効率的ですが、相互運用性において重大な問題を引き起こします。あるフレームワークで学習されたモデルは、複雑な変換やフレームワークごとに別々のシステムを維持しなければ、別のフレームワークで簡単に使用することができません。これは、開発とデプロイのワークフローが分断される原因となります。
Open Neural Network Exchange(ONNX)フォーマットは、これらの障壁を打ち破るために作成されました。これは、モデルのための「クロスプラットフォーム」かつ「ベンダーニュートラル」な標準を提供します。これを実現するために、モデルの構造(計算グラフ)を、単一のフレームワークに依存しない抽象的な方法で定義しています。同様に、GGUFも元々はllama.cppプロジェクトのために作られましたが、大規模言語モデル(LLM)の異なるプラットフォーム間での互換性向上に重点を置いています。
今日のフォーマットの多様性は、ML業界における中心的な緊張関係を反映しています。それは、開発中のフレームワーク固有の機能(例:研究の柔軟性を高めるPyTorchの動的グラフ)への欲求と、普遍的で効率的、かつ安全なデプロイの必要性との間の緊張です。この緊張関係は、複数のフォーマットが共存し続けることを意味し、モデル開発とデプロイを繋ぐ変換ツールや高度なMLOpsパイプラインがますます重要になることを示唆しています。異なるフォーマットは、それぞれの独自の強みに基づいて、MLライフサイクルの特定の段階で引き続き使用されるでしょう。
2. Safetensorsの理解
Safetensorsは、従来のモデル保存方法のセキュリティと効率性の問題を解決するために特別に設計された、モデルシリアライズにおける大きな一歩です。
定義と中心的な設計思想
Safetensorsは、Hugging Faceによって作成された、ディープラーニングモデルのためのモダンで安全、かつ高速なシリアライズ形式です。その主な目的は、機械学習の基本的なデータ構成要素である多次元配列「テンソル」を安全に保存・共有する方法を提供することです。このフォーマットは、pickleのような古い形式よりも安全かつ高速になるように設計されています。
Safetensorsの中心的な設計思想は、モデルの重み(テンソル)と実行可能なコードを厳密に分離することです。この設計は、古いシリアライズ方法に見られるセキュリティ上の欠陥に直接対処します。
主な特徴
- ゼロコピーと遅延読み込み: Safetensorsのパフォーマンスの鍵は「ゼロコピー」機能です。これにより、モデルデータをディスクからメモリに直接マッピングし、余分なコピーを作成しないため、メモリを節約し、読み込みを高速化します。また、「遅延読み込み」もサポートしており、大規模なモデルの必要な部分だけが必要な時にRAMに読み込まれます。これは、非常に大きなモデルやメモリが限られたシステムで非常に役立ちます。
- 構造化されたメタデータ処理: すべてのSafetensorsファイルには、JSON形式の独立したメタデータセクションが含まれています。このセクションには、モデル内のすべてのテンソルが、その形状、データ型、名前といった詳細情報と共にリスト化されています。メタデータは、実際のテンソルデータがファイル内のどこに保存されているかを指し示しており、これにより可読性とセキュリティの両方が向上します。
- テンソルデータのみの保存: Safetensorsの最も重要なセキュリティ機能は、「生のテンソルデータと関連するメタデータのみ」を含むように設計されていることです。そのアーキテクチャにより、「任意のPythonコードのシリアライズは許可されていません」。この基本的な設計上の選択が、モデル読み込み時の悪意のあるコード実行のリスクを排除します。
- 量子化のサポート: Safetensorsは量子化されたテンソルを扱うことができ、モデルをより小さくし、メモリ使用量を削減するのに役立ちます。ただし、その量子化サポートは、PyTorchフレームワークが提供する機能に依存するため、「GGUFほど柔軟ではありません」。
主な利点
- セキュリティの強化(任意コード実行の防止): これがSafetensorsの最大の利点です。設計上、Pythonコードがファイルに保存されることを完全に防ぎます。これにより、pickleベースのフォーマットに見られる最も深刻なセキュリティリスク、すなわちモデル読み込み時の悪意のあるコード実行が排除されます。このため、Safetensorsは、公開された、あるいは信頼できないソースからのモデルを共有・使用するのに最適な選択肢となります。このフォーマットには、データ改ざんを防ぐための「高度な暗号化技術」やアクセス制御といった他のセキュリティ機能も含まれています。
- パフォーマンスの最適化: ゼロコピーと遅延読み込みの採用により、「読み込み時間が短縮され、メモリ使用量が削減」されます。ベンチマークでは、pickleよりもはるかに「高速」であり、「従来のPyTorchの保存方法と比較して、CPUで76.6倍、GPUで2倍高速」になることが示されています。
- 移植性: このフォーマットは移植性を考慮して設計されており、異なるプログラミング言語間で機能します。これにより、様々なソフトウェアシステムでのモデルの共有と使用が容易になります。
- シームレスな統合: Safetensorsは、「既存の機械学習フレームワークやライブラリとのシームレスな統合」を実現します。これにより、開発者は現在のワークフローに大きな変更を加えることなく、このより安全なフォーマットを容易に採用できます。
従来のシリアライズ(例:Pickle)との比較
PyTorchの.pt
や.pth
ファイルに使用されているPythonのpickleモジュールは、本質的に安全ではありません。シリアライズされたファイル内に任意のコードを隠し、ファイルが読み込まれる際に自動的に実行させることができます。これは、特に公開ウェブサイトからダウンロードしたモデルを使用する場合、よく知られた深刻な脆弱性です。picklescan
のようなツールはいくつかの悪意のあるパターンを検出できますが、万全ではなく、安全性を保証することはできません。
Safetensorsは、このセキュリティ問題を解決するために特別に作成されました。ファイル内に生のテンソルデータと構造化されたメタデータのみを許可することで、悪意のあるコードが実行される可能性を排除します。セキュリティだけでなく、Safetensorsはパフォーマンスも大幅に向上させます。メモリマッピングと遅延読み込みのために設計されているため、通常モデル全体を一度にメモリに読み込むpickleと比較して、読み込みが大幅に高速化し、メモリ使用も効率的になります。
Pythonのpickleにおけるセキュリティ上の欠陥は、信頼できないソースから.pt
や.pth
ファイルをダウンロードすることが、単にデータをダウンロードするのではなく、潜在的に有害なプログラムを実行するようなものであることを意味します。pickleファイルの安全性を「実行せずに検証する100%完璧な解決策はない」ことが知られています。これにより、ファイルの安全性を確認する負担が利用者に課せられますが、これは困難で信頼性に欠けます。
Safetensorsは、フォーマット自体を再設計して、有害なコードがそもそも含まれないようにすることで、この力学を変えます。セキュリティの責任を、利用者の困難な検証プロセスから、フォーマットに組み込まれた安全性へと移行させるのです。これは、オープンソースAIコミュニティにおける「検証してから信頼する」アプローチから、「設計による信頼(トラスト・バイ・デザイン)」モデルへの大きな転換を示しています。この変化は、複雑なファイル内のあらゆる脅威をスキャンすることがほぼ不可能であることを認めたものです。(任意コード実行という)攻撃経路をブロックすることで、Safetensorsはモデルをより安全に広く共有できるようにし、協力を促進し、より多くの人々が事前学習済みモデルを使いやすくします。この「設計による信頼」の原則は、AIエコシステム全体の成長とセキュリティにとって不可欠です。
Safetensorsは主にセキュリティ上の理由(pickleの脆弱性を修正するため)で作成されましたが、読み込みの高速化、メモリ使用量の削減、ゼロコピー操作など、パフォーマンス面でも大きな向上をもたらします。これらのパフォーマンス向上は単なる副産物ではなく、メモリマッピングと遅延読み込みを利用して効率的にデータを処理する、Safetensorsの最適化された設計の直接的な結果です。これにより、大規模モデルに対して本質的に効率的になります。
この強化されたセキュリティと大幅なパフォーマンス向上の組み合わせが、その普及を促進する重要な要因となっています。もしSafetensorsがセキュリティの向上しか提供しなかった場合、特にセキュリティを直ちに重視しないユーザーの間では、その採用はもっと遅かったかもしれません。しかし、明確で測定可能なパフォーマンス上の利点が、誰もが乗り換える強い理由となり、Hugging Faceのような主要なプラットフォームへの統合を加速させました。これは、AIエンジニアリングにおいて、技術が業界に迅速かつ広く受け入れられるためには、セキュリティとパフォーマンスの両方の利点を提供する必要があることが多いことを示しています。
3. 主要なモデルフォーマットの概要
Safetensors以外にも、機械学習の世界ではいくつかの重要なフォーマットがあり、それぞれに独自の特徴と用途があります。
3.1. CKPT(チェックポイント)
AIのチェックポイントは単一のファイル形式ではなく、学習中の特定の時点で保存されたモデルの状態のスナップショットです。チェックポイントは、長時間の学習ジョブの進捗を保存するために不可欠です。
特徴と典型的な使用例
チェックポイントには通常、重みやバイアスといったモデルの学習済みパラメータが含まれます。また、オプティマイザの状態、現在のエポック数、学習率スケジュールなど、学習を再開するために必要な他の重要な情報も保存できます。チェックポイントのファイル拡張子はフレームワークによって異なり、PyTorchでは通常.pt
や.pth
、TensorFlow/Kerasでは.ckpt
や.h5
です。
CKPTファイルの主な利点は以下の通りです。
- 再現性: 再読み込み時にモデルが一貫して動作することを保証し、研究の検証や信頼性の高いパフォーマンス維持に不可欠です。
- 共同作業: 共有が容易で、開発者が結果を再現したり、既存の作業を基に構築したりできます。
- 柔軟性: PyTorchの
.pt
/.pth
形式は特に柔軟で、研究目的でモデルを簡単に保存・読み込みできます。
CKPTファイルの一般的な使用例は以下の通りです。
- 学習の再開: 中断された学習セッションを続行し、時間と計算リソースを大幅に節約します。
- ファインチューニング: 事前学習済みモデルを開始点として、新しい、より特化したデータセットで学習します。
- モデル評価: 再学習することなく、学習の様々な段階でモデルのパフォーマンスをテストします。
- 推論: 完全に学習済みのモデルを本番システムに読み込んで予測を行います。
- 研究と実験: モデルが時間とともにどのように進化するかを分析し、そのパラメータを体系的に調整します。
- 転移学習: 関連タスクの強力な開始点として機能し、学習時間とデータ要件を削減します。
- 障害復旧: 長時間の学習プロセス中の障害発生後に作業を再開するためのバックアップとして機能します。
セキュリティに関する考慮事項
CKPTファイル、特にPyTorchの.pt
および.pth
形式における最大のセキュリティリスクは、Pythonのpickleモジュールへの依存から生じます。これは、これらのファイルが悪意のあるPythonコードを含み、読み込まれた際に実行されるように設計できることを意味します(torch.load
関数をweights_only=True
設定なしで使用した場合)。この脆弱性(CWE-502: 信頼できないデータのデシリアライズ)は、データ盗難、モデルの挙動改ざん、さらにはシステム全体の乗っ取りといった深刻な結果を招く可能性があります。
業界はこのリスクを認識しており、Safetensorsがより安全な選択肢として浮上しています。指摘されているように、「ほとんどのStable Diffusion AIチェックポイントは.ckptや.safetensorsのような形式で保存されている... .safetensorsはより安全な代替手段であり、悪意のあるコード実行を防ぐように設計されている」のです。これは、モデル共有においてより安全なフォーマットへの明確なトレンドを示しています。
CKPT、特にPyTorchの.pt
/.pth
形式は、「非常に柔軟」であることで知られています。この柔軟性により、モデルの重みだけでなく、オプティマイザの状態やカスタムのPythonクラスまで保存でき、学習を正確に再開するのに非常に便利です。
しかし、まさにこの柔軟性がセキュリティの脆弱性を生み出しています。この形式は任意のPythonオブジェクトを保存できるため、攻撃者はモデルファイル内に悪意のあるコードを隠すことができます。ファイルが適切な予防策なしに読み込まれると、そのコードが実行されます。これはシステム設計における根本的なトレードオフを示しています。すなわち、柔軟性が増すほど、攻撃対象領域が広がり、セキュリティリスクも大きくなるのです。
業界の解決策は、管理された環境で学習用に柔軟な.pt
/.pth
形式がまだ使われているとしても、モデルを配布する際にはSafetensorsのような形式を採用することです。これは、MLライフサイクルの異なる段階で異なるレベルのセキュリティが必要であるという理解が広まっていることを示しています。完全な学習状態を保存する力は、信頼できる開発環境内に留めておくのが最善であり、共有やデプロイには組み込みのセキュリティ保証を持つ形式が必要です。
3.2. ONNX(Open Neural Network Exchange)
ONNX(Open Neural Network Exchange)は、機械学習モデルのためのオープンスタンダードなフォーマットです。異なるディープラーニングフレームワーク間でモデルが動作するように設計されています。
特徴と主な使用例
ONNXファイルには、モデルの完全な構造、つまり一連の操作(計算グラフ)、学習済みの重み、その他のメタデータが含まれています。ONNXの大きな強みは、万能な翻訳機として機能することです。PyTorch、TensorFlow、scikit-learnのようなフレームワークで学習されたモデルはONNX形式に変換でき、「一度学習すれば、どこでもデプロイできる」アプローチを可能にします。
モデルの重みのみを保存するフォーマット(SafetensorsやGGUFなど)とは異なり、ONNXはモデルの計算グラフを含みます。このグラフベースの構造は、「異なるフレームワーク間でモデルを変換する際により高い柔軟性」を提供します。ONNXは、多くのプラットフォーム、デバイス、ハードウェアアクセラレータ(CPU、GPU、AIチップ)にわたって優れた移植性を提供します。モデルは、構造化データを効率的かつプラットフォーム中立的に保存する方法であるProtobuf形式で保存されます。
ONNXの主な使用例は以下の通りです。
- クロスフレームワークでのデプロイ: 学習時とは異なるフレームワークや環境でモデルを実行します。
- 高性能な推論: ONNX Runtimeは、特定のハードウェア向けにモデルを自動的に最適化する推論エンジンであり、しばしば高速なパフォーマンスにつながります。
- エッジおよびモバイルでのデプロイ: その小さなフットプリントと最適化されたランタイムにより、ONNXはリソースが限られたデバイスでモデルを実行するのに適しています。
- 本番システム: その堅牢性と移植性により、要求の厳しい本番環境でのモデルデプロイに人気があります。
セキュリティに関する考慮事項
ONNXモデルに関する微妙かつ深刻なセキュリティリスクは、アーキテクチャ上のバックドアの可能性です。攻撃者は、特定の入力によってのみトリガーされる隠されたパスをモデルの計算グラフに含めるように変更する可能性があります。このバックドアが作動すると、モデルは悪意のある、または予期しない出力を生成する可能性がありますが、標準的な入力に対しては正常に動作するため、検出が困難です。 その他のリスクには、モデル反転攻撃(機密性の高い学習データを抽出する)や敵対的攻撃(悪意のある入力でモデルを騙す)などがあります。
これらの脅威を軽減するため、いくつかの実践が推奨されます。
- ONNXモデルにデジタル署名を行い、改ざんされていないことを保証します。
- Dockerコンテナのような隔離された環境で、強力なネットワークセキュリティを施してモデルをデプロイします。
- 監視ツールを使用してモデルの挙動を追跡し、異常を検出します。
- 入力のサニタイズやソフトウェアの更新など、一般的なセキュリティのベストプラクティスに従います。
ONNXは、読み込み時に任意のコードを実行しないため、pickleベースのフォーマットよりも一般的に安全です。しかし、ONNXモデルが外部で実装されたカスタムレイヤーを使用している場合、それらのレイヤーは、慎重に管理されないと、悪意のあるPythonコードを含む可能性があります。
デメリット
ONNXは量子化されたモデルをサポートしていますが、GGUFほどシームレスに「量子化テンソルをネイティブにサポートしているわけではありません」。量子化テンソルを整数のテンソルとスケールファクターのテンソルに分解するため、「品質の低下につながる可能性」があります。ONNXで標準的でない複雑なレイヤーやカスタムレイヤーを持つモデルの変換も困難な場合があり、パフォーマンスを低下させる可能性のあるカスタム作業が必要になることがあります。
Pythonのpickleに基づく従来のフォーマット(.pt
ファイルなど)は、実行可能なコードを含むことができるPythonオブジェクトを保存します。これはモデルをプログラムとして扱います。対照的に、ONNXはモデルの「計算グラフ」を保存することに焦点を当てています。これは特定のコード実装ではなく、その操作とデータフローのより抽象的な表現です。
このグラフ中心のアプローチこそが、ONNXに優れたクロスフレームワークの移植性をもたらし、異なるハードウェア向けに最適化されることを可能にしています。モデルのロジックをより高いレベルで定義することで、学習されたフレームワークから独立します。これは、フレームワーク固有の実装から移植可能な計算表現への重要な概念的転換です。これによりデプロイの柔軟性は大幅に向上しますが、同時にアーキテクチャ上のバックドアのような新たなセキュリティ上の懸念も生み出し、これにはpickleベースのフォーマットとは異なるセキュリティ戦略が必要となります。
3.3. GGUF(GPT-Generated Unified Format)
GGUF(GPT-Generated Unified Format)は、大規模言語モデル(LLM)を効率的に保存・実行するために特別に設計されたファイル形式です。前身であるGGMLの改良版であり、特に個人用コンピュータでLLMを使いやすくすることを目的としています。
特徴と主な使用例
GGUFは、LLMをより小さく、かつ読み込みを大幅に高速化するように設計されています。これは、ストレージ容量やRAMが限られていることが多いローカル環境でモデルを実行するために不可欠です。このフォーマットは、これを実現するために「高度な圧縮技術」を使用しています。また、モデルの重み、アーキテクチャ、メタデータをパッケージ化する標準的な方法を提供し、特にllama.cppベースの推論エンジンとの間で一貫した動作を保証します。
GGUFの重要な特徴は、量子化の優れたサポートです。量子化は、モデルの重みの数値精度を下げる(例:16ビットから4ビットへ)ことで、ファイルサイズと実行に必要な計算量を劇的に削減します。GGUFモデルは様々な量子化レベル(Q2からQ8まで)で利用可能であり、サイズと品質の間で様々なトレードオフを提供します。
- 低い量子化レベル(Q2やQ3など)は、非常に小さなファイルになり、少ないRAMのハードウェアで実行できますが、モデルの品質がわずかに低下する可能性があります。
- 高い量子化レベル(Q6やQ8など)は、より良い品質を維持しますが、より多くのストレージとRAMを必要とします。
GGUFの主な使用例は以下の通りです。
- ローカルLLMデプロイ: OllamaのようなツールはGGUFを使用して、ユーザーが強力なLLMを自分のコンピュータで簡単に実行できるようにします。
- オフラインAIアシスタント: 多くのアプリケーションがGGUFモデルを使用して、クラウドベースのAIツールのローカルでプライベートな代替手段を提供します。
- コーディング支援: IDEやコードエディタが、インテリジェントなコード補完のためにGGUFモデルを使用し始めています。
- ローカルチャットボット: GGUFモデルは、プライベートで応答性の高い対話型AIシステムによく使用されます。
- AI研究: その柔軟性と量子化サポートにより、アクセスしやすいハードウェアでLLMを実験する研究者の間で人気があります。
セキュリティに関する考慮事項
一般に信じられていることとは裏腹に、GGUFの基盤となっているGGMLライブラリには、「入力ファイルの検証が不十分」であることに関連する脆弱性が文書化されています。これらの欠陥は、「解析中に悪用可能なメモリ破損の脆弱性」につながる可能性があります。未チェックのユーザー入力がヒープオーバーフローを引き起こし、攻撃者が悪意のあるコードを実行できる可能性があるという特定のセキュリティ問題が特定されています。
GGUFファイルは「コードを含むことができず」、「単なるモデルファイルである」という一般的な誤解があります。しかし、Databricksのセキュリティレポートによると、GGUFファイル自体には実行可能なPythonコードは含まれていませんが、特別に細工されたファイルがパーサー(ファイルを読み取るソフトウェア)の欠陥を悪用してメモリ破損を引き起こし、コード実行を達成する可能性があることが示されています。
これらのリスクを軽減するためには、以下の対策が最善です。
- Koboldcppのような、よく知られた信頼できるソースからのモデルやツールを使用する。
- Dockerコンテナのような隔離された環境でLLMを実行する。
- 機密性の高いタスクには、インターネットに接続されていない専用マシンを使用することを検討する。
デメリット
GGUFの大きな欠点は、ほとんどのモデルがまず他のフレームワーク(PyTorchなど)で開発され、GGUF形式に変換されなければならないことです。この変換プロセスは必ずしも簡単ではなく、一部のモデルはGGUF互換ツールで完全にはサポートされていない場合があります。さらに、GGUF形式になった後にモデルを修正したりファインチューニングしたりすることは、一般的に「容易ではありません」。
GGUFは高速な読み込みと効率的なVRAM使用量のために設計されていますが、実際の推論速度(モデルが応答を生成する速さ)は、非量子化モデルよりも遅くなることがあります。これは、推論中に重みを非量子化するために追加の処理が必要になるため、低い量子化レベルで発生する可能性があります。GGUFの主なパフォーマンス上の利点は、VRAMを節約することで大規模モデルをコンシューマー向けハードウェアで実行可能にすることであり、必ずしもそれらを高速化するわけではありません。
GGUFの決定的な特徴は、量子化との深い統合であり、これにより強力なLLMをVRAMが限られた「コンシューマー向けハードウェア」で実行できるようになります。これはAIへのアクセスを民主化するのに役立ちます。しかし、この効率性にはトレードオフが伴います。量子化はモデルを小さくしますが、低いレベルではモデルの品質がわずかに低下する可能性があります。また、特に非量子化バージョンがVRAMに完全に収まる場合、推論速度が非量子化モデルよりも遅くなることがあります。
GGUFの「速度」の利点は、通常、生のパフォーマンスではなく、より高速な読み込みと、限られたハードウェアでより大きなモデルを実行できる能力を指します。GGUFは、高度なモデルをより多くの人々が利用できるようにすることで、「AIの民主化」のトレンドを完璧に捉えています。これにより、ユーザーはモデルの品質と自身のハードウェアの制限との間でバランスを取る必要があります。複数の量子化レベルが利用可能であることで、ユーザーは特定のニーズに合わせてモデルを調整でき、これがローカルAIコミュニティでこのフォーマットが人気を博している鍵となっています。
4. フォーマットの比較分析
適切なモデルシリアライズ形式の選択は、セキュリティ、パフォーマンス、リソース効率、相互運用性、そして特定のアプリケーションのコンテキストといった様々な要素のバランスを取る戦略的な決定です。以下の表は、Safetensors、CKPT、ONNX、GGUFをこれらの重要な側面で比較した概要です。
特徴 / フォーマット | Safetensors | CKPT (.pt/.pth) | ONNX | GGUF |
---|---|---|---|---|
主な目的 | ディープラーニングモデルのための安全で高速なテンソル保存 | 学習のチェックポイント、モデルパラメータ、状態保存 | フレームワーク間の相互運用性、多様なハードウェアへのデプロイ | 効率的なLLMの保存、コンシューマー向けハードウェアでのローカル推論の最適化 |
セキュリティプロファイル | 高(設計上、任意コード実行なし) | 低(Pickleのデシリアライズによる任意コード実行のリスク) | 中(任意コード実行はないが、アーキテクチャ上のバックドアの可能性あり) | 中(基盤ライブラリの脆弱性。ただしファイル自体は実行可能なPythonコードではない) |
読み込み速度 | 非常に高速(ゼロコピー、遅延読み込み) | 可変(フルロードのためSafetensorsより遅い場合がある) | 高速(最適化されたランタイム、グラフ最適化) | 高速(mmap、LLMに効率的) |
メモリ使用量 | 効率的(遅延読み込み、部分読み込み) | 高くなる可能性(オブジェクトグラフ全体を読み込む) | 効率的(ランタイム最適化) | 非常に効率的(量子化、VRAM節約) |
ディスク容量 | 効率的(圧縮、テンソルのみ) | 可変(状態全体を含むため大きくなることがある) | 効率的(Protobuf形式) | 非常に効率的(量子化、高度な圧縮) |
量子化サポート | あり、ただしGGUFほど柔軟ではない(PyTorchに依存) | あり(フレームワークに依存) | 限定的なネイティブサポート(テンソルを分解) | 堅牢(複数のレベル、Q2-Q8、特殊なバリアント) |
移植性 | 高(異なるプログラミング言語間) | 低(特定のフレームワークと密接に結合) | 非常に高(クロスフレームワーク、クロスプラットフォーム、多様なハードウェア) | 高(特にllama.cppエコシステム向け) |
主な用途 | 安全なモデル共有、Hugging Faceのデフォルト | 学習、ファインチューニング、研究、モデル保存 | 本番デプロイ、モバイル/エッジ、相互運用性 | ローカルLLM推論、コンシューマー向けハードウェア、チャットアプリケーション |
主な利点 | 設計によるセキュリティ、高速な読み込み、低メモリフットプリント | 学習状態の保存、詳細な再現性 | ユニバーサルなデプロイ、ランタイム最適化、フレームワーク非依存 | コンシューマー向けハードウェアでのLLM効率、柔軟な量子化 |
主な欠点 | C++でメタデータを扱うにはJSONパーサーが必要 | 任意コード実行のリスク、大きなファイルサイズ | カスタムレイヤーの複雑さ、限定的なネイティブ量子化 | 変換が必要なことが多い、低い量子化レベルでは推論が遅くなる可能性 |
5. 結論
機械学習モデルのフォーマットの世界は、より良いセキュリティ、パフォーマンス、相互運用性の必要性に後押しされ、絶えず進化しています。pickleベースのCKPTファイルのような従来のフォーマットは、研究には柔軟でしたが、任意コードの実行を許可することで深刻なセキュリティリスクをもたらしました。これが、より新しく安全なフォーマットの開発と採用につながっています。
Safetensorsは、この変化を象徴する代表例です。データとコードを分離し、効率的な読み込み技術を使用することで、特にHugging Faceエコシステムにおいて、ディープラーニングモデルを共有するための安全で高性能な代替手段を提供します。そのセキュリティと速度という二重の利点により、現代のAIワークフローで人気の選択肢となっています。
ONNXは、フレームワークの非互換性という大きな問題を解決します。モデルを抽象的な計算グラフとして表現することで、異なるハードウェアやソフトウェアへのデプロイを可能にします。ONNXはpickleで見られる任意コード実行を防ぎますが、アーキテクチャ上のバックドアといった独自のセキュリティ上の懸念があり、異なる保護措置が必要です。
GGUFは、コンシューマー向けハードウェアで大規模言語モデルを実行するための特化したソリューションです。その強力な量子化機能は、モデルサイズとメモリ使用量を劇的に削減し、強力なLLMをより多くの人々が利用できるようにします。しかし、この効率性は時に推論速度の低下を招くことがあり、その基盤ライブラリにはユーザーが注意を払うべき脆弱性が見られます。
最終的に、最適なフォーマットは特定のコンテキストに依存します。
- Safetensorsは、ディープラーニングモデルを安全かつ効率的に共有するための最良の選択肢です。
- ONNXは、異なるフレームワークやハードウェアをまたいでモデルをデプロイするのに理想的です。
- GGUFは、リソースが限られたローカルデバイスで大規模言語モデルを実行するために、比類のない効率性を提供します。
従来のCKPTフォーマットは、管理された環境で学習の進捗を保存するのに依然として有用ですが、公開配布用としてはより安全な代替手段に取って代わられつつあります。AI分野が成熟するにつれて、これらの特化したフォーマットの継続的な開発は、機械学習の力と範囲を前進させるために不可欠となるでしょう。